ARAKI’s Column荒木美佐夫のコラム

「人生楽しもうよ!」

生まれてから死ぬまで間に
どれだけ「楽しい事」と「辛い事」があるのだろうか?
その人の価値観でも違ってくるのだろうが、その比率は?

学生の頃の勉強も大半は楽しくてやっている訳ではない。
習い事も始めから楽しくて仕方ないと言う事はばかりではないでしょう・・・
しかし、その試練?も捉え方や取り組み方で楽しくなる。ヤル気になる。

僕は若きし頃、受験、バイト、就職、習い事、人との付き合い、
半強制的にしていかなくてはいけない事、….と歳相応に出くわします。
中には、嫌な事やヤル気がない事って沢山有ります。
それをそのまま嫌な事で取り組んでいても、いつまで経っても嫌な事。
それでは無駄でつまらない時間となってしまいます。
だから自分が何とか楽しめる方法もしくはヤル気にさせる方法を
あみ出して試してみます。

たとえば勉強。
子供の頃に勉強なんてつまらないしこんな勉強?社会に出て役に立つのか?
矛盾ばかり感じながらシブシブ机に向かっていた。しかし観点を変え
成績レベルが上の友達を「的に定め」学年順位競争~偏差値競争した。
試験はクイズ=ゲームとした。
次第に覚え方もゲーム化し効率や自分にあった方法を見つけた。
ちょっとだけ楽しくなった。ヤル気になった。 しかも結果も良くなった。
また、
例えば就職、入社したものの不本意な所に配属されてしまった。
だからと言ってそこで落ち込んだり、辞めてしまったりでは
どこに再就職しようが一向に向上はない。逃げているだけだ。
とにかくその会社にとってどこまで自分を必要とさせるか?

思いっきりその職場で便利な人材になってみる、
取引先の叱られ役や、弁当・缶コーヒーを買出しに行くパシリ~
あと片ずけは俺にお任せ!宴会盛り上げ係り・・・みたいな所から
ガンガン自分の便利性から必要性をその会社に浸透させていく。
雑用や潤滑油と言われようが空気までをも明るくする。
しかも自分自身が楽しみながら・・・。
嫌な上司も実は当たり前にそんな道を通って来ている。
一種の根性試し。テストと思えばいいんです。篩(フルイ)ですよ。
根性なしに会社の今後を委ねられませんからね。
目標さえあれば一旦は計算もなく馬鹿になって着いて行ってみる。
頑張り方も
上司や先輩に、「もう、そこまでやらなくてもイイよ・・・」とまで
言われたコトありますか?
それともどこかで自分なりに加減してますか?その差ですヨ。
その必要性や便利性の先に、一目置かれた暁にはチャンスが・・・
やっと回って来た仕事をいかにキッチリこなすかが
その人の価値であり、報酬に繋がるでしょう。したがってヤル気になる。

僕の場合、子供は勉強と遊びが仕事と言いますが
元々小学校の頃から勉強や学校が嫌いで変わった子供だった。
しかし学校には同じ子供達がいる僕は遊び方を考え試すコトが大好きでした。

いつも数人から始まり流行ると学年全体になっていたり・・・・と
教室に液体ワックスを20㍑缶まいてアイスホッケー風や
机に穴を掘って超miniゴルフ、塩ビの水道管で吹き矢、
10人位の超ロングな馬乗り、夜の缶けり、竹林では
竹の先端まで登りシナリを利用し他の竹に移動した鬼ごっこ…と
そんな事はごく一部。ケンカやイジメとは違った悪ガキでもあった。
先生に良く叱られていたのを覚えている。

他にもタナゴ、ハムスター、コオロギ、蟻、ヒヨコ、メジロ・・と色々と
自宅で飼うといつも見ていられないので教室で飼った。
先生もいくつかは公認してくれたが知らない事の方が多い。
世話の仕方をペットショップに行って聞きまくり勉強した。
さすがに野生の小動物は難しかった、すぐに死んでしまった。

その中には学校で飼育小屋まで建てて
学校側で面倒を見るようになったモノもある。
毎日学校に行くのが大変楽しみだった。同級生の多くも楽しんでくれた。
もちろん無関心であったり迷惑だった生徒もいたのだろう?

こんな僕は小中学・高校と登下校中や放課後もっと激しい遊びを
次々あみ出していた。

話がずれそうなんで子供頃の話はここまでにしておこう・・・
今思うとそれはどうしたら自分が毎日楽しくなるのだろう?
またそれらが他の人に受け入れてもらえるだろうか?
みんなが楽しいと思ってもらえるのか?いつも考えていた。

それは社会に出てから十分自分の為になっていたと気が付いた。
調理場志願なのに宴会場の配膳係り、永遠と鳥ガラのそうじや鍋洗い。
社長のカバン持ちで夜のクラブへ、また板金の親方の脇で工具持ち、
・・・・とやって来た。
そして色々な職を経て今では・・・・AutoMagicの経営者。
そんな時修行の場でも今でもメンタルコントロール、モチベーションアップする。
自分も他人も含めその場の提案やヤル気のコントロールが出来る。楽しめる。
だからなのか僕の信念は凹む事はあまりない。

ではそこで本題。

皆さんが「いずれ通る道」
それは
就職、出世、独立、稼ぐ、結婚、子育て、と色々有るでしょう。

楽天的に今が楽しければ良いとか、気持ちよければイイ
それは、
「楽しい=楽(らく)」なのでしょうか?
「楽しく生きる=楽して生きる」は、全く違う
楽しくするためにふざけたり、自由に・・・とかで、
それが楽しく生きる事と勘違いしている。
しかしそれは、楽やぬるま湯を選んだだけではないのか?
目的・希望・夢に向かっていない?遠回り?足踏み?状態で
楽を取って慢性化した薄っぺらな「楽しい」ばかりでは、
人間わがままなモノで満足はしない。
そうではなく、何かを貫き、何かを精一杯やってみる、何かを達成した
そう言った時の「喜びや楽しい」は大小関わらず格別ですクセになる。

したがって人生はメリハリだ!
小出しにした「喜びや楽しい」よりも、積み重ねた後のガツンと来るモノ
の方が充実するだろう。
僕はタバコを吸いますが1日に4本程度です。
皆にはやめれば・・・とよく言われます、自分でもやめる自信もあります。
しかし、何かの節目が済むまで吸わない と言う自分の中でのルールがあります。
その節目の一服1本15円のホッとする充実感は違います。
無駄にパカパカ吸っている人は、その1本の有難味も充実感もないでしょう・・・。 小ッチャイ話だがそんな事から
何かに取り憑かれたように、一生懸命やっている自分がいるのだが、
しかし「何のため・・・?」と、見失ってませんか?
息が詰まるって事ありませんか?
仕事しすぎてませんか?律儀な人ほど、律儀なあまり見失いがちです。
郷には郷に従えとか、長いものには巻かれろとか?
慢性や惰性とは恐ろしいもので、その渦にいると安心?
しかし本意ではない?
抜け出せない、切っ掛けが作れない・・・
一度の人生無駄にしてませんか?

オープンな自分がいる場所、オープンになれる自分を見つけるため
どうしたら良いのか?
それは個々に違っているモノです、海外旅行であったり
スポーツであったり、趣味に携わっている時、
もちろん仕事・・・と様々です。

そこで僕流ですが
生活の為の仕事人の自分と、自分らしい自分に、大きく分け、
クッキリ二面化するのではなく、
何となくもう一人の自分を見つけたとしよう、「コレは便利!」
怒る、イライラする、我慢、謝る、・・・
全てが第三者の目で自分を
見てみることが出来ると、一息飲んで色々と考えられ
謙虚に正確に良い方向を見極められる。自分らしさが維持できる。

当ショップには
沢山の自営業の社長さん方、会社役員、医者、警察官、・・・と
重い責任をいつも背負っている方々が多くいます。その方々を見ていると
自身特有の価値観を持ち、意義ある人生にする為
上手に、自分をコントロールし、上手にストレス解消しています。

やはり何歳になっても、遊び心や子供心は持っています、
かと言って、いつもそれをいつも全面に出すわけには行かないでしょ?
だから上手に自分を使い分けている方々をよく見ます。
メリハリをつけどんな事でも自己流で楽しんでしまうコトがポイントです。

人の健康は心が健康でないと身体も健康ではない、だから
「心の健康=身体の健康」なのです
心の濁りやズルは自分に振りかぶってくるモンです。
他にもそれぞれが健康で無ければ成り立たない、楽しめない
モノ沢山あります。

充実した人生、楽しい人生には自分を知り心身のコントロール術を
身に付け、身も心も健康でないといけないと言う事でしょうね?

人間の一生は70年からもって100年そのうちで、心身ともに丈夫で
何でも出来る時間とは?
いくらお金を積んでも時間は買えません。戻りません。
時間とはとても貴重です。
色々と豊富な経験をして、
メリハリある喜怒哀楽を楽しンでしまいたいモンです。
長いようで短い人生、せっかくなんで楽しまなくては
もったいないですよね。

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